子どもをどうやって育てるかはいろいろ悩ましくて、できれば何か得意なことを持ってもらいたい。
楽器とか、絵を描くとか、運動とか。
親ができなかったことも、子どもには膨大な可能性があるわけで、そこに夢を見たいと思う気持ちもある。
だけど、私が何かほか大人よりも得意なことがあるとしたら、それを伝えてあげたいとも思う。
そのひとつがやっぱり、本を読むこと。本が大好きだということ。
大人でも本を読まない人はたくさんいるので、ただ本をたくさん読むと言うだけでも一握りのひとになれるわけだ。
先日のバレンタインデーに、夫にはあげたいものがあったので購入したのだけど、息子にはなににしようかなって。
駅前の本屋で絵本でも買うかと、「星の王子様」ともう一冊を購入した。
星の王子様はご存じの通り普通の文庫になるくらいのボリュームなので、それの絵本版。
絵本版といっても、ほぼすべての見開きに挿し絵が入っていて、それからエピソードをかなり抜粋しているというくらいで、字は多いし、漢字もたくさん。だけど、大きくなってから読んでもいいし、と購入した。
昨日の晩も、その前も、その前も、夜寝る前に読んでいる。
実際、まじめに読み聞かせると30~40分かかる。
ときどきうつぶせになりながら聞いたり、すでに絵を見ていないけど、「聞いてるよ」と本人は言う。
それに、たくさんある絵本の中から、その本が読みたいというのだ。
最初は王子様の挿絵が気に入ったみたい。私がキーホルダーでもっていたのも覚えていたのかな?
今朝の朝食の時のこと、私は先に用意をしてバタバタとしていたら、
「パパぁ、大切なものは目に見えないんだよ」
と突然。
私と夫は顔を見合わせた。
もちろんそのフレーズは、本の中で王子様がキツネに教えてもらった「秘密」。
私は本当に感動して、その後電車の中で、歩きながら、取材前に、何度も思い出してはじんわりと心を温めていた。
まだ本当の意味をわかっていなくても、私が伝えたいと思っていたこと。
本が好きで、本を読めば本当のことに近づけるよってことが、ほんのすこしだけ、伝わったのかもしれない。
「ママはね、本が大好きなんだよ」と言うと、「ぼくもだよ」と言う。
本が好きな子どもに、もっと言えば本が好きな大人になってくれたらいいなと思う。
2013年2月25日月曜日
2012年12月27日木曜日
発表会イヤイヤ
クリスマス会の数日前、先生から申し訳なさそうに告白が・・・
「・・・君、クリスマスの劇の練習がイヤだって言って全然やらないんです。一緒にやろうよって声を掛けているんですが、いつも端で見ているだけで・・・もしかしたら本番もできないかもしれません・・・」
あら、それは残念。
そういえば、1月にミュージックフェスタという大々的なイベントがあって、ホールを借りて歌やミュージカルなどをやるんだけど、その練習も全然しないと言っていた。それより、役を決めることすらかたくなに拒んでいた。
ブレーメンの音楽隊なので、「ロバ、犬、猫、おんどり」のいずれかになるらしい。
1週間経っても2週間経っても決められなくて、どれもイヤだと言いはり、でも結局経緯はよくわからないけれどロバになったらしい。
最初はいつもの恐がりなんだと思っていた。ブレーメンの音楽隊は泥棒が出てきたり、みんなで脅かしたりするから怖いんだろうなって。
クリスマス会は、豚のお面をするのも嫌がり、手に持って一応舞台には出たものの、舞台の先頭で「ママー」と弱々しく言っている。
先生が見かねて連れてきてくれたけれど、どういう心理なんだろう。
踊りとか歌とかおしゃべりが苦手な子だったら、「少し成長が遅いのかな?」って思うかもしれないのだけど、親のひいき目なのか、そういうわけでもなさそう。明らかに自分の意思で拒否っている。
当時思っていた「怖い」が理由でもなさそう。
昨日先生が、「空手のテストがあって、前に出てやるんですけど、しっかり元気よくできていました」と意外そうに話してくれて、ノートにも「前に出るのが苦手な・・・君ですが、今日は・・・」と書かれていて、そうなのかなあと。
もしかしたら、前に出るのがイヤってわけじゃないんじゃないの、とか。
空手の話を聞いて嬉しかったけど、「クリスマスはあんなにダメだったのに(涙)」という心境にはならなかった。別物のような気がする。
そういえば、「大きくなったら何になりたいの」と聞いたことがあって、考えもせず速攻で「何にもならないよ! ぼくはぼく!」と答えていた。なんとまあ。そのまま生きて欲しいわ。
劇の「何かになる」のがイヤなのかなあ?
仮面ライダーの真似をいつもしているけれど、「俺はレッドバスターだ」とか「仮面ライダーだ」みたいなことは言わない。仮面ライダーになりたい? と聞いたことがあるけれど別になりたくないと。
なんて言うのこれ、強すぎる自我ですか?
でもそればかりじゃなくて、前に出て歌、なんていうのも上手くできたことはないけどね。
参観日にプールを見に行ったらずっとママにべったりで一切プールに入らなかったけどね。
クリスマス会の劇について「何がイヤなの?」と何度も聞くんだけど、自分ではよくわからないみたい。
「みんなでやるのがイヤなの?」と言うと「そう、みんなでやるのがイヤなの。一人でやりたいの」とか。
練習が始まった頃から保育園がイヤみたいで、毎日「保育園今日お休み?」って聞いてくる。
休みだとすごく嬉しそう。先生カワイソウ。
まあでもねえ、小学校、中学校と、そういうのは避けて通れませんから。
楽しめば楽しいのに、もったいない。
一度でもそういう感覚を味わえればきっかけがつかめそうな気がするのだけど。
===
追記
===
先日、保育園の女の子の親御さんとごたごたがあったと書いたけど、「いつもあんなに奇声を発したりして、常軌を逸している」って言われたので、今回劇とかがちゃんとできないことで「あの子は頭が弱い」みたいに思う親御さんもいるんだろうなあって考えた。
因果関係があってもなくても、何かがあったときに「そういえばあの子は劇でもみんなと協力してできなかったし」と言われるんだろうか、と何度も頭をよぎった。
人を判断するときは、自分が知っている事実を繋げてその人のイメージを作り上げるわけだから、致し方ないけれど。
「・・・君、クリスマスの劇の練習がイヤだって言って全然やらないんです。一緒にやろうよって声を掛けているんですが、いつも端で見ているだけで・・・もしかしたら本番もできないかもしれません・・・」
あら、それは残念。
そういえば、1月にミュージックフェスタという大々的なイベントがあって、ホールを借りて歌やミュージカルなどをやるんだけど、その練習も全然しないと言っていた。それより、役を決めることすらかたくなに拒んでいた。
ブレーメンの音楽隊なので、「ロバ、犬、猫、おんどり」のいずれかになるらしい。
1週間経っても2週間経っても決められなくて、どれもイヤだと言いはり、でも結局経緯はよくわからないけれどロバになったらしい。
最初はいつもの恐がりなんだと思っていた。ブレーメンの音楽隊は泥棒が出てきたり、みんなで脅かしたりするから怖いんだろうなって。
クリスマス会は、豚のお面をするのも嫌がり、手に持って一応舞台には出たものの、舞台の先頭で「ママー」と弱々しく言っている。
先生が見かねて連れてきてくれたけれど、どういう心理なんだろう。
踊りとか歌とかおしゃべりが苦手な子だったら、「少し成長が遅いのかな?」って思うかもしれないのだけど、親のひいき目なのか、そういうわけでもなさそう。明らかに自分の意思で拒否っている。
当時思っていた「怖い」が理由でもなさそう。
昨日先生が、「空手のテストがあって、前に出てやるんですけど、しっかり元気よくできていました」と意外そうに話してくれて、ノートにも「前に出るのが苦手な・・・君ですが、今日は・・・」と書かれていて、そうなのかなあと。
もしかしたら、前に出るのがイヤってわけじゃないんじゃないの、とか。
空手の話を聞いて嬉しかったけど、「クリスマスはあんなにダメだったのに(涙)」という心境にはならなかった。別物のような気がする。
そういえば、「大きくなったら何になりたいの」と聞いたことがあって、考えもせず速攻で「何にもならないよ! ぼくはぼく!」と答えていた。なんとまあ。そのまま生きて欲しいわ。
劇の「何かになる」のがイヤなのかなあ?
仮面ライダーの真似をいつもしているけれど、「俺はレッドバスターだ」とか「仮面ライダーだ」みたいなことは言わない。仮面ライダーになりたい? と聞いたことがあるけれど別になりたくないと。
なんて言うのこれ、強すぎる自我ですか?
でもそればかりじゃなくて、前に出て歌、なんていうのも上手くできたことはないけどね。
参観日にプールを見に行ったらずっとママにべったりで一切プールに入らなかったけどね。
クリスマス会の劇について「何がイヤなの?」と何度も聞くんだけど、自分ではよくわからないみたい。
「みんなでやるのがイヤなの?」と言うと「そう、みんなでやるのがイヤなの。一人でやりたいの」とか。
練習が始まった頃から保育園がイヤみたいで、毎日「保育園今日お休み?」って聞いてくる。
休みだとすごく嬉しそう。先生カワイソウ。
まあでもねえ、小学校、中学校と、そういうのは避けて通れませんから。
楽しめば楽しいのに、もったいない。
一度でもそういう感覚を味わえればきっかけがつかめそうな気がするのだけど。
===
追記
===
先日、保育園の女の子の親御さんとごたごたがあったと書いたけど、「いつもあんなに奇声を発したりして、常軌を逸している」って言われたので、今回劇とかがちゃんとできないことで「あの子は頭が弱い」みたいに思う親御さんもいるんだろうなあって考えた。
因果関係があってもなくても、何かがあったときに「そういえばあの子は劇でもみんなと協力してできなかったし」と言われるんだろうか、と何度も頭をよぎった。
人を判断するときは、自分が知っている事実を繋げてその人のイメージを作り上げるわけだから、致し方ないけれど。
2012年11月10日土曜日
保育園でごたごた
園でちょっとごたごたがあった。
できごとはこんな感じ
・お迎えの時に息子が他の子どもに暴力をふるうことが多い(日中はほとんどなくなったとか)
・私があまり強く叱らない。先生に任せて放っておくことが多い。
・Nちゃん(息子より1歳上)のママが耐えかねて「もっと怒ってください!」と私に怒鳴り、文句たらたら。
・次の日外で偶然に会う。「無理矢理にでも謝らせたほうがいい」「叩いてしつけたりしないんですか?」→そのことについて私が反論してしまう。「お迎えの時、もっとしっかり本人に注意します」と言ったけど伝わらず。「常軌を逸しているから、特別学級とか考えた方がいいんじゃないですか」とかも言われた。最後に「言ってくれて良かったです、また言ってください」と言うも、捨て台詞は「言いません。次は法廷で」怖い。明らかに私が言いすぎた。対応間違えた。
・Nちゃんママの要請により、夫と私が先生に呼ばれた。先生はそれほど大きいことと思ってはいないけれど、Nちゃんママは、うちがまったく叱らずに甘やかすばかりだと思っている。→事情を説明したらわかってくれたようす。初日に園で泣いていた私を知っていたのか「保育園ってこんなもんです。いろんな人がいるので。お母さん、気を落とさないでください」と励まされる。
お迎えの時にちゃんと注意しないのは私が悪い。言い訳ばかりになってしまうけれど、強く叱ると興奮してしまってさらに暴力的になることがほとんどで、結局何も伝わらない。私も叱り方は考えあぐねていて、ちょっとずつ言葉で言うしかないかなとか。でもそれにしても少なかったのは確か。また、園で私がヒステリックになったら人間が小さいみたいでみっともないな、と思うのもあった。興奮していない時に「叩かないで」「優しくしてね」みたいなことを言うようにしていたが、それも確かに最近少なかったかも。息子の暴力が徐々に少なくなっていたので、このままで大丈夫かなと思っていた。自分勝手な考え方もあって、強く叱ると本当に消耗してしまう。息子の事はもちろん、自分のこともイヤになるし、しばらくイライラが尾を引く。強く叱らないようにすれば育児が幸せになっていく。・・・が、まあそれを含めても、その場でちゃんと注意しないのは私が悪かった。
家では結構怒っている。叩かれて本当に痛かったら、私が別の部屋に逃げ込んで戸を閉めてしまったり。まあ、怒ってるんじゃないかw 「何が悪かったの」とちゃんと言わせるようにしている。けど、それをNちゃんママに言ってもしかたないのかな、と言わなかった。
無理矢理謝らせることは効果的でないと思う。親が怒って恐怖心から「ごめんなさい」と言わせても何か得るものはあるんだろうか。
叩いてしつけるのも、いろいろ悩んだし考えたし本やネットも読んだけれど、「叩いたらダメでしょ」と言いながら親が叩くことに矛盾があって子供心に納得がいかないだろうし、「悪いことをした人には叩いてもいい」と思ったら、友だちが悪いことをした時に叩いてしまうかもしれないし(その悪いこと、も自分を基準にしたものなので正しい行為ではないかもしれない)、「人は叩けば言うことを聞く」と覚えてしまうかもしれない。そういうことのほうが怖くて、やっぱり叩くのはやめようと思った。よほどのことがない限りこれは曲げられない。もう納得してしまったので。でも、結論が出る前はとてもイライラして叩いたりつねってしまったこともあった。もうしません。
また、世間の「親のしつけでしょう」という目にさらされるのがイヤだから子どもを何とかしようと思うのは、理にかなっていないと思うようになった。もちろん、お行儀が良くてきちんとしている子どもの親御さんは立派だと思うけれど、そう見られたいために、じっとしているのが向いていない子どもに強いるのは何か違う。うちの子は、同世代の子よりもやんちゃみたいだし、大声も出すし、怒りっぽい。子どもたちが一緒に何かしていたら、「この子の親はなにやってんだ」と思われるだろう。もちろんそれはイヤだけれど、それを避けるためにしつけをするのはやめたい。「しつけがなっていない」という言葉に恐怖心を覚えて、やりたくもない暴力をふるっているお母さんは世の中に多いのではないか。
息子はやんちゃな代わりに、お友達が大好きで知らない子にもすぐに話しかけたり一緒に遊んだりするし、嬉しい時は飛び跳ねて、楽しい時は大声で顔を崩して笑う。怖い時もわんわん泣く。厳格にしつけた結果それがなくなってしまったら、個性って何なんだ、と思うよ。
もちろん、子どもにとってよくないことはちゃんと教えていきたい。でも子どもに寄り添って、少しずつ軌道修正していきたいと思う。本当の意味で、無理矢理押さえつけることはできないと思う。それは表面的に押さえたように見えるだけではないだろうか。
まあ、育児の方針はこれくらいに。つい熱くなってしまいましたw
先生と話した帰り際に夫と話すと、夫はNちゃんと息子の両方が悪い時でも、息子を粘り強く諭して謝らせたこともあるという。お迎えの時でNちゃんのママも見ていたらしいのに、おそらく記憶に残っていないんだろう、と。確かに私もお迎えの時に息子を抱き上げて止めたり、それ以上近寄れないようにガードしたり、はしていた。でもそれも覚えていなくて、Nちゃんママには「強く叱らない=傍観している」みたいに捕らえられていたのかも。
怒鳴られた日は、息子がNちゃんを叩いたのだけど、私も他の先生も見ていて、ちょっと触ったくらいだった。Nちゃんが泣き出したのを見て先生が「Nちゃん、今のはそんな泣くことじゃないでしょ」と言ったくらい。でもNちゃんにしてみれば「やられたから謝らせたい」「私が泣くほどなんだから」という気持ちで「謝って! 謝って!」と叫ぶ叫ぶ。私は流れを見ていたから放っておいた・・・ら、「うちの子が謝ってと言っているのに逃げまくる他人の息子」というシチュエーションだけを見たNちゃんママが私宛にキレた・・・といういきさつ(だと私は思っている)。もちろんキレるまでにはこれまでのガマンが溜まっていたと思うけどね。
私は私で傷ついたんだけど、それは置いておいて、Nちゃんママには誠意を持って対応することにした。お迎えで会った時に全力で無視しようとしているNちゃんママに「こんばんは! 先日は言い過ぎてすみませんでした!」と言ったり、次の日も「今日、K先生と話したんで。すみませんでした」と言ったり。媚びるわけではないけれど、いがみ合っても仕方ないし。誤解もあると思うけど、それを解くために今回は言葉じゃないのかな、と思ったりした。人付き合いは得意な方ではないのでわからないけど。
夫に「今回は先生がわかってくれたようだったけど、今後は先生すら敵、みたいなこともあると思う・・・」と言い始めて泣きそうになってしまったのでそれ以上言わなかったけれど、先生すら敵になっても、私は息子の味方をするのだ。
今回のことがあって、息子に「あなたが暴力をふるうから(ママがこんなに傷ついたん)でしょ」と恨みの気持ちが生まれなかったわけではないけれど、そんなときにエジソンの母を想像した。実はあまりよく知らないけど、勉強ができずつまはじきにされた子どもに家でこつこつ教えたエピソードが印象に残っている。先生に否定されても、子どもを信じて個性を伸ばしてあげた母・・・理想です。
今回のことは、やっぱり「良かったな」と思えることがあって、おそらく多くのお母さんは私に直接言うことなく、影で話すんだと思う。「あそこのお母さん何なの、甘やかしすぎ」みたいに。女性ってそういうもんだと思うから。それを私宛に発信してくれて良かった。対応ができるので。陰で言われたらどうにもできない。それは本当に恐怖だわ。もう言われているかもしれないけど・・・。
できごとはこんな感じ
・お迎えの時に息子が他の子どもに暴力をふるうことが多い(日中はほとんどなくなったとか)
・私があまり強く叱らない。先生に任せて放っておくことが多い。
・Nちゃん(息子より1歳上)のママが耐えかねて「もっと怒ってください!」と私に怒鳴り、文句たらたら。
・次の日外で偶然に会う。「無理矢理にでも謝らせたほうがいい」「叩いてしつけたりしないんですか?」→そのことについて私が反論してしまう。「お迎えの時、もっとしっかり本人に注意します」と言ったけど伝わらず。「常軌を逸しているから、特別学級とか考えた方がいいんじゃないですか」とかも言われた。最後に「言ってくれて良かったです、また言ってください」と言うも、捨て台詞は「言いません。次は法廷で」怖い。明らかに私が言いすぎた。対応間違えた。
・Nちゃんママの要請により、夫と私が先生に呼ばれた。先生はそれほど大きいことと思ってはいないけれど、Nちゃんママは、うちがまったく叱らずに甘やかすばかりだと思っている。→事情を説明したらわかってくれたようす。初日に園で泣いていた私を知っていたのか「保育園ってこんなもんです。いろんな人がいるので。お母さん、気を落とさないでください」と励まされる。
お迎えの時にちゃんと注意しないのは私が悪い。言い訳ばかりになってしまうけれど、強く叱ると興奮してしまってさらに暴力的になることがほとんどで、結局何も伝わらない。私も叱り方は考えあぐねていて、ちょっとずつ言葉で言うしかないかなとか。でもそれにしても少なかったのは確か。また、園で私がヒステリックになったら人間が小さいみたいでみっともないな、と思うのもあった。興奮していない時に「叩かないで」「優しくしてね」みたいなことを言うようにしていたが、それも確かに最近少なかったかも。息子の暴力が徐々に少なくなっていたので、このままで大丈夫かなと思っていた。自分勝手な考え方もあって、強く叱ると本当に消耗してしまう。息子の事はもちろん、自分のこともイヤになるし、しばらくイライラが尾を引く。強く叱らないようにすれば育児が幸せになっていく。・・・が、まあそれを含めても、その場でちゃんと注意しないのは私が悪かった。
家では結構怒っている。叩かれて本当に痛かったら、私が別の部屋に逃げ込んで戸を閉めてしまったり。まあ、怒ってるんじゃないかw 「何が悪かったの」とちゃんと言わせるようにしている。けど、それをNちゃんママに言ってもしかたないのかな、と言わなかった。
無理矢理謝らせることは効果的でないと思う。親が怒って恐怖心から「ごめんなさい」と言わせても何か得るものはあるんだろうか。
叩いてしつけるのも、いろいろ悩んだし考えたし本やネットも読んだけれど、「叩いたらダメでしょ」と言いながら親が叩くことに矛盾があって子供心に納得がいかないだろうし、「悪いことをした人には叩いてもいい」と思ったら、友だちが悪いことをした時に叩いてしまうかもしれないし(その悪いこと、も自分を基準にしたものなので正しい行為ではないかもしれない)、「人は叩けば言うことを聞く」と覚えてしまうかもしれない。そういうことのほうが怖くて、やっぱり叩くのはやめようと思った。よほどのことがない限りこれは曲げられない。もう納得してしまったので。でも、結論が出る前はとてもイライラして叩いたりつねってしまったこともあった。もうしません。
また、世間の「親のしつけでしょう」という目にさらされるのがイヤだから子どもを何とかしようと思うのは、理にかなっていないと思うようになった。もちろん、お行儀が良くてきちんとしている子どもの親御さんは立派だと思うけれど、そう見られたいために、じっとしているのが向いていない子どもに強いるのは何か違う。うちの子は、同世代の子よりもやんちゃみたいだし、大声も出すし、怒りっぽい。子どもたちが一緒に何かしていたら、「この子の親はなにやってんだ」と思われるだろう。もちろんそれはイヤだけれど、それを避けるためにしつけをするのはやめたい。「しつけがなっていない」という言葉に恐怖心を覚えて、やりたくもない暴力をふるっているお母さんは世の中に多いのではないか。
息子はやんちゃな代わりに、お友達が大好きで知らない子にもすぐに話しかけたり一緒に遊んだりするし、嬉しい時は飛び跳ねて、楽しい時は大声で顔を崩して笑う。怖い時もわんわん泣く。厳格にしつけた結果それがなくなってしまったら、個性って何なんだ、と思うよ。
もちろん、子どもにとってよくないことはちゃんと教えていきたい。でも子どもに寄り添って、少しずつ軌道修正していきたいと思う。本当の意味で、無理矢理押さえつけることはできないと思う。それは表面的に押さえたように見えるだけではないだろうか。
まあ、育児の方針はこれくらいに。つい熱くなってしまいましたw
先生と話した帰り際に夫と話すと、夫はNちゃんと息子の両方が悪い時でも、息子を粘り強く諭して謝らせたこともあるという。お迎えの時でNちゃんのママも見ていたらしいのに、おそらく記憶に残っていないんだろう、と。確かに私もお迎えの時に息子を抱き上げて止めたり、それ以上近寄れないようにガードしたり、はしていた。でもそれも覚えていなくて、Nちゃんママには「強く叱らない=傍観している」みたいに捕らえられていたのかも。
怒鳴られた日は、息子がNちゃんを叩いたのだけど、私も他の先生も見ていて、ちょっと触ったくらいだった。Nちゃんが泣き出したのを見て先生が「Nちゃん、今のはそんな泣くことじゃないでしょ」と言ったくらい。でもNちゃんにしてみれば「やられたから謝らせたい」「私が泣くほどなんだから」という気持ちで「謝って! 謝って!」と叫ぶ叫ぶ。私は流れを見ていたから放っておいた・・・ら、「うちの子が謝ってと言っているのに逃げまくる他人の息子」というシチュエーションだけを見たNちゃんママが私宛にキレた・・・といういきさつ(だと私は思っている)。もちろんキレるまでにはこれまでのガマンが溜まっていたと思うけどね。
私は私で傷ついたんだけど、それは置いておいて、Nちゃんママには誠意を持って対応することにした。お迎えで会った時に全力で無視しようとしているNちゃんママに「こんばんは! 先日は言い過ぎてすみませんでした!」と言ったり、次の日も「今日、K先生と話したんで。すみませんでした」と言ったり。媚びるわけではないけれど、いがみ合っても仕方ないし。誤解もあると思うけど、それを解くために今回は言葉じゃないのかな、と思ったりした。人付き合いは得意な方ではないのでわからないけど。
夫に「今回は先生がわかってくれたようだったけど、今後は先生すら敵、みたいなこともあると思う・・・」と言い始めて泣きそうになってしまったのでそれ以上言わなかったけれど、先生すら敵になっても、私は息子の味方をするのだ。
今回のことがあって、息子に「あなたが暴力をふるうから(ママがこんなに傷ついたん)でしょ」と恨みの気持ちが生まれなかったわけではないけれど、そんなときにエジソンの母を想像した。実はあまりよく知らないけど、勉強ができずつまはじきにされた子どもに家でこつこつ教えたエピソードが印象に残っている。先生に否定されても、子どもを信じて個性を伸ばしてあげた母・・・理想です。
今回のことは、やっぱり「良かったな」と思えることがあって、おそらく多くのお母さんは私に直接言うことなく、影で話すんだと思う。「あそこのお母さん何なの、甘やかしすぎ」みたいに。女性ってそういうもんだと思うから。それを私宛に発信してくれて良かった。対応ができるので。陰で言われたらどうにもできない。それは本当に恐怖だわ。もう言われているかもしれないけど・・・。
2012年8月2日木曜日
保育園イヤイヤ病
2週間ほど前からヒドイ「保育園イヤイヤ病」に。朝、保育園へ行く段になると「保育園がイヤだ」「お友達嫌い!」「お友達と遊ばない!」と言って聞かない。泣きわめいて登園が1時間コースになることも。
何度話を聞いても、バラバラでよくわからない。先生に話しても、「今日も元気に遊んでましたよ」と言うし。
「お友達がドン(押してくること)するの」「お友達が嫌いなの!」と言うので、「じゃあ、お友達と遊ばないで1人で遊ばせてもらったら? 先生にはそう言っておくよ」と話しても、実際行ってみると自分からお兄さん達の輪に入り遊んでいるとか。
ちょうどプールが始まった時期だったので「プールがイヤなの?」と聞いたら「プールやだ!」と言う。
「じゃあ、プールに入らなくてもいいと思うよ。先生に言ってあげるよ」と言うも、その時になるとプールに入りたいし、一緒にキャアキャア遊んでいるという。
「朝、ママと離れるのがイヤなの?」と聞いても「ん」と素っ気ない返事。これは違うみたいだ。
「オモチャが友だちに取られちゃうの?」と聞いたら「そうだよ! オモチャ取られるのいやなんだ!」と言うので、「じゃあ、先生に言って1人で遊ばせてもらえば?」と同じように提案するも、結局お友達と仲良く遊んでいるとか。
どの先生に聞いてもあまり心当たりはないと言うし、「お兄さん達はルールを決めて遊ぶんですけど、まだ小さいのでその輪に入っても疎外感を感じるのかな?」とか「嫌なことがあるとママーッ! と泣くので、寂しいのかな?」とかいろいろ考えてくれているのだけど、これといった心当たりはなく。「子ども同士で押したりすることはあっても、お互いに悪い場合も多いし、1人だけ集中的になにかされているとか、そういうことはないですよ」という。
毎日のように「どうしてイヤなの?」と聞くのだけど、何か答えが返ってこない。自分でもよく言い表せないんだろうなと思って、こちらから「○○なの?」と思いつく限り聞いているのだけど。で、特徴としては朝になると行くのがイヤ。でも、迎えに行ったときは楽しそうで、夜に「何がイヤなの?」と聞いても何も出てこないし、イヤそうでもない。
昨日もパパがやさしく何度も「何がイヤか教えて?」といろいろ聞いていて、それを見ながらずっと考えを巡らせていた。ふと、先日の土曜日にあった保育園の「夏祭り」を思い出した。ある園児のパパが男の子たちに大人気で、卒園したJ君(小一)や、4歳のK君などがじゃれ合って遊んでいた。息子もそういうの大好きだからキャアキャア言いながらしがみついたり追いかけていたのだけど、J君が息子に気づいて、邪魔だからと息子の名前を呼んで蹴り飛ばした。園の男の先生が助けに入ってくれて息子はギャン泣き。まあそうだよね。でも、怪我をするほどではないし、男の子には良くあることなのかな、くらいに軽く考えていた。
だけどよく考えてみたら、保育園をイヤだイヤだと言いはじめたのはその次の月曜日からで、水曜日くらいからイヤイヤ病が本格化してきた。息子はJ君と園で一緒に過ごした時間がとても短かったので、たぶん名前も知らないんだと思う。「保育園に大きな怖い子がいる」くらいの記憶になってしまったのかもしれない。だから「誰がイヤなの?」と聞いても何も出てこなかったのかな、とか。あとは、保育園では毎日楽しく過ごしているのに、行く時になって急にイヤになるのも説明が付く。
ひとつの可能性として、息子に話してみた「J君がいやだったんでしょう? 夏祭りで何も悪いことしていないのに蹴られたから。怖かったよねえ。でもね、J君はもう保育園にいないんだよ。卒園しちゃったから、もう優しいお友達しかいないよ」と。J君を悪者にして申し訳ないけれど、他にイヤな思い出があっても、「もう解決しちゃったよ」と思わせることで何とかならないかな、という思いもあった。でも、考えれば考えるほどドンピシャな気がしてきた。
今朝、ちょっと「保育園行かない」と言っていたけど「J君はもういないから大丈夫だよ」とまた言ってみたところ、「パパと自転車で保育園行く」と、元気に登園していった。ああ、良かった。「考えて考えて考えぬいた結果、ふとひらめくことがある」とビジネス書ではよく読むけれど、こういうことなのかなあ、とひとつ繋がったのだった。
2012年5月11日金曜日
Yズちゃんとの違い
我が息子は、何でもかんでもオープンオープン。笑うときはきゃあきゃあ、泣くときはえーんと上向いて涙をボロボロこぼしながら抱きついてくる。何か怖いこともブルブル震えて大人のいるところへ「怖いー」って走ってくる。
かたや、同じ保育園のYズちゃんは全然違う。
うちの息子と同じオモチャで遊びたくて、でも取り合いとかではなくて遊び終わるのをずーっと待っていた。「Yズもやりたいー。何回もやったから貸してー」といって、ただただ待っている。
先生が間に入ってようやく貸してあげたら、うちの子が泣き出した「えーん、やりたいー、やりたかったー」と私に抱きついてくる。「じゃあ、次にまた貸してねって言えば?」と言った私も悪かったのかもしれないけれど、Yズちゃんの気が済まないうちにまた取り返してしまった。
Yズちゃんはうつむき、背中を揺らし、耐えながら泣いていた・・・。
先日の雷の日。迎えに行ったらみんなはきゃあきゃあ遊んでいるのに、Yズちゃんは座ったままぼーっとしている。そのうちこてんと横になり、先生に寄り添っている。他の先生に「Yズちゃん、どうしたんですか?」と聞いてみたら「ああ、雷が怖いんだと思います」・・・え!?
怖いときって、「怖い」って叫んで駆け寄ってくるもんじゃないの? あんな風に怖いのを耐えてるの?
先日、ママと話したら、「おむつでお漏らししないのにおむつが取れなかったんです」・・・え?
「トイレに座るんだけど、出なくて。おむつでお漏らししたくないから延々我慢してて、取り替るときにジャー、みたいなパターンで・・・」
耐える子なのか・・・Yズちゃん。
いろいろうちの子と真逆でびっくりだけど、2人で駆け回ってキャアキャアしていることもあってすこしほっとしたり・・・w
かたや、同じ保育園のYズちゃんは全然違う。
うちの息子と同じオモチャで遊びたくて、でも取り合いとかではなくて遊び終わるのをずーっと待っていた。「Yズもやりたいー。何回もやったから貸してー」といって、ただただ待っている。
先生が間に入ってようやく貸してあげたら、うちの子が泣き出した「えーん、やりたいー、やりたかったー」と私に抱きついてくる。「じゃあ、次にまた貸してねって言えば?」と言った私も悪かったのかもしれないけれど、Yズちゃんの気が済まないうちにまた取り返してしまった。
Yズちゃんはうつむき、背中を揺らし、耐えながら泣いていた・・・。
先日の雷の日。迎えに行ったらみんなはきゃあきゃあ遊んでいるのに、Yズちゃんは座ったままぼーっとしている。そのうちこてんと横になり、先生に寄り添っている。他の先生に「Yズちゃん、どうしたんですか?」と聞いてみたら「ああ、雷が怖いんだと思います」・・・え!?
怖いときって、「怖い」って叫んで駆け寄ってくるもんじゃないの? あんな風に怖いのを耐えてるの?
先日、ママと話したら、「おむつでお漏らししないのにおむつが取れなかったんです」・・・え?
「トイレに座るんだけど、出なくて。おむつでお漏らししたくないから延々我慢してて、取り替るときにジャー、みたいなパターンで・・・」
耐える子なのか・・・Yズちゃん。
いろいろうちの子と真逆でびっくりだけど、2人で駆け回ってキャアキャアしていることもあってすこしほっとしたり・・・w
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